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2010年3月

2010年3月29日 (月)

本尊山&花見

Mar.29.2010

国際ハイキングを引き継いでいるSさんが主催する「本尊山ハイキング&お花見」に参加した。(3/28)

朝は、鉛色の雲が空を覆っていたが、JR上灘駅に到着後は、『参加者の元気』に恐れをなし、雲は東の空に去って〝春光〟はいっぱい広がった。

【本尊山、中世城郭跡】=内灘に突っかかるようにそそる山容は、「城」を構えるのにふさわしく、双海町誌によると、最初の築城は平安時代後期にさかのぼる。また、中腹から柱状節理が見られ、明治初期から割り石として、一部は部屋の装飾として採掘されていた。

この〝春興〟に、総勢16名は元気ハツラツ。本尊山に足を向けた。

雨後で足元が悪く、その上、標高(187)は低いが〝急登攀〟もあって「登山をした」と、実感する。

ソメイヨシノは3分から5分咲き。風も弱く、ポカポカ陽気で〝花時〟は最高!。

それぞれが〝花筵〟を敷いて、サァ、と構え「お花見」となる。ここは、「ふたみ潮風ふれあい公園」(伊予灘が180度開け、絶景の眺望場所)。

日本酒・高級焼酎・ビールなど。

ガスストーブでお酒を沸かし、フライパンで「ジャコ天」・「ソーセージ」などを温め、皆さんに振舞うのは、登山の経験豊富な、この会の主催者Sさんご夫妻。

そして、参加者のKさんなどから、「酢物」・「ゼンマイの煮物」、また、採れたての「ワサビ漬」があって「スペシャル花見」に花を添えてくれた。

久しぶりに参加したが、Sさんご夫妻の参加者に、明るい笑顔で接し、変わらぬ配慮が行き届いており、感謝、感激しました。

ますます『会の発展』をお祈りします。

本当に有難うございました。

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2010年3月26日 (金)

福寿草の里を歩く

Mar.26.2010

「愛媛県歩け歩け協会」主催の〝定例ウォーク〟に参加した。(総員109名)

21日・春分の日。【福寿草の里】高知県大豊町へ。

ことし5回目の「黄砂」が観測され、松山では視程距離が3㌔まで落ちたそうだ。

この「春の嵐」は「黄砂」を年間、3億㌧も舞い上がらすという。

8時前の中の川通りは「黄砂」の影響で薄暗い感じがした。視界不良は午後になってやっと薄らぐ。

大杉の里で出発式とウォーミングアップ後、まずは、八坂神社の境内に根を下ろす大杉を見学。 国の「特別天然記念物」。

南杉の根元は周囲約20m、高さ約60m。北杉の根元は周囲約16.5m、高さ約57m。推定樹齢は3000年。痛みの激しいところは銅版で修復していた。

雪を割って福寿草が黄色の花をのぞかせ、南大王(標高800メートル)の山里に春が訪れてから1ヵ月余りを過ぎてやってきたので〝旬〟は、とっくに過ぎ去っていた。

「福寿草の知恵」=朝の天気予報のコーナーで紹介されていた。寒い季節に咲く福寿草の花は「蜜を持っていない」にもかかわらず、虫を引き寄せるのだそうです。どうしてでしょうか?。

それは、福寿草の花は、花びらをパラボラ状(放物面状)に広げることによって内部の一点(焦点の位置)に集中的に光を集めて暖かくし、暖をとりに来る虫たちを引き寄せて受粉させているのだそうです。番組の気象予報士が実際に温度を計ったときには、まわりよりも6度も高かったということでした。

花もまばらの状態で「黄色い妖精たち」の出迎えは少なかった。また、「感動の風景」とはならなかった。

ここ、福寿草の群生は、約2ヘクタールの田畑の畦に5万株も自生しているという。

満開の頃は、さぞかし可憐な姿で「黄色いジュウタン」を敷き詰めるのだろう。

慰めてくれたのは「ショウジョウバカマ」が道路端の土手で、白・黄色と沢山咲いていた。

名付けは、花を猩々の赤い顔に、葉を袴に見立てたものというが、この花の色は白。

「福寿の滝」?は、「福多かれ」と、神々しく帯になっていた。

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福寿草を観賞する道路の上り口で「ユキワリイチゲ」を見つける。蕾のままで開いていなかった。

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2010年3月24日 (水)

20キロチャレンジウォーク

Mar.24.2010

連日冷たい雨が降り続いている。金松山も行道山も墨絵ぼかし状態。

◎『チャレンジウォーク2010』に参加した。

◎【山の辺のみちを歩こう会】主催。

◎【2010年3月22日】

好天に恵まれて総員48名。

菊間駅をスタート。まず、瓦のふるさと公園内にある「かわら舘」を見学。

約700年の歴史を持ち、いぶし銀の色の光る伝統工芸「菊間瓦」を学ぶ。

松山城で使用されている「巴瓦」は1950年に取り替えられたもの。

「かわら舘」から、お供馬の走り込みコースを左手に見ながら「掌禅寺」につく。

掌禅寺山門で「長生久視・不老長寿」を祈願して鐘を突く。

境内にはあの有名な【金龍桜】がある。300年の大迫力に圧倒される。

【歌仙の滝】=高さ67メートル、幅4.8㍍。中腹に滝壷があり、ここを中心にして上下それぞれ18間あり、全長36間を36歌仙にちなんで、松山4代藩主松平定直公が名付けたものといわれている。

水しぶきを浴びて立つ定直寄進の石造・滝見観音とともに、代々藩主の信仰も厚く、享保12年(1727年)には、2000人が奉仕して現存の石垣や石段などを築いたという。

早春からの雨で降水量が多く、爆水となって流れ落ちていた。

「夕暮れは 月を松尾の山風に 心くだくる滝の白玉」 松平定直公(「歌仙の滝」の項の一部「愛媛県百科大事典」から抜粋)。

立岩小学校、立岩川公園で小休止。モンチッチ海岸で、めでたく解散。

全員落伍者も無く「伊予北条駅」に到着。

晴天に恵まれて、楽しい一日となった。

これで「アレコレ症候群」は遠のいた気がする。

蛇足。青森、八甲田街道の雪の壁は5㍍。除雪が終われば「雪の回廊・八甲田ウォーク」を開催するそうですヨ。

同主催4月の予定『2010お花見ウォーク』。

◎4月04日(日)【比翼塚~堀江】コース。

◎4月11日(日)【野外活動センターから薄墨桜】コース。

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2010年3月22日 (月)

Mar.21.2010

生まれて5ヵ月目に大阪からやってきました。

現在1歳5ヵ月の娘です。

松山に来てから、飼い主さんの心こもったご指導を受け、今とっても幸せです。

ハンドメイドのネックウォーマーは最高でしょう!。

ご覧のように手の甲に止まって、彼氏?を探すため辺りを見回しています。

足環には登録番号を付けています。

夜はゲージの中で過ごします。

食事は、トウモロコシが沢山入った鳩専用のスペシャルメニューです。

ヨチヨチ歩きも出来ます。

ただし、飛び立つことは出来ません。『放し飼い禁止』の条例?に守られ、デラックスなヒモを足首に付けられていますので…。

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2010年3月 1日 (月)

七折梅まつり

Mar.01.2010

300円也の入園料を支払うと、頂いたハガキに「四国砥部町/梅まつり」と印刷されていた。【愛媛】ではなかった。

JR伊予横田駅から七折梅園まで往復歩く。歩数は3万歩弱。

大谷池までの県道脇にはホーシコを見つけたが、復路で取ることにして、曲がりくねった坂を上る。

大谷池には沢山の鴨が羽を休めていた。間もなく北国へと飛び立つのだろう。

峠?の「七折地蔵尊」までの所要時間は約1時間30分。皆さん足が速い。後から付いて行くのがやっと…。

車を避けながらの往路。これで予想をしていたが、会場付近は、人と車の洪水に驚天。

晴天にも恵まれて、徳島、広島、高知などの№プレートも見られた。

お土産を一つ買うにも十重二十重の買い物客で、ユックリと品物を選択する閑を与えない。人を掻き分けていかないとダメ。後からじっと待っているだけでは、何一つ買えない。

「弁当も陳列のものだけです」。売り手側の声を掻き消すようにどっと人が押し寄せる。

腹ペコでは復路を歩く自信がない。この言葉を聴いて、恥も外聞もない、お客さんを押しのけ求めた。

イベント会場では、野点茶屋「神木庵」、ラジオの臨時スタジオ、この祭りの盛り上げに一役買ってでた松山の子供神輿、餅つきなど、ここもごった返していた。

久しぶりに行った「七折梅まつり」、花は見ごろを過ぎていた。谷間から吹き下ろす風で、その花びらが顔に当たる花吹雪の洗礼を受ける。

しかし、梅林は黄色い菜の花のジュウタンで埋め尽くされ、「残り梅の白、ピンク」の花はまことに綺麗で、梅独特の香りもいっぱい。

これらで、もったいないほどジックリと味わうことが出来た。嬉しい限り。

ウグイスをはじめ小鳥の声が聞こえ、そしてまた、木々や草の芽吹きから、春の息吹きを感じた。

こうして大自然を満喫、素晴らしい一日だった。

お世話頂いた伊豫市の方々に感謝、お礼を申し上げます。

有難うございました。

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