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2010年5月10日 (月)

垣生界隈を訪ねて

May.10.2010

昨日まで若葉や、初夏の花々を照り返していた太陽は、今朝から〝お休み〟状態。

9日、【山の辺のみちを歩こう会】主催のウォークに参加した。

最高気温は26.9℃。紫外線は容赦なく降りそそいだ。

絶好のウォーク日和。郡中線「鎌田駅」をスタート。

まず「出合公園」で、ヨガ講師の指導でウォーミングアップ。

今回も、Yさんが写真を示しながら、より具体的に説明を頂きました。

有難うございました。

重信川に架かる橋のたもとには、「若鮎の 二手になりて 上りけり」 子規。=明治25年(1892年)= この頃は、若鮎を放流しなくても沢山泳いでいたことでしょうネ。

先ず、伊予絣の創設者、鍵谷カナの功績を讃え、八角屋根の真ん中に頌功碑を納めているところで説明を受ける。

鍵谷カナ=1782年~1864年。江戸時代後期、「伊予絣」の創始者。

墓は、長楽寺内にあって、県の史跡に指定されている。
1801年~1803年に、わら屋根葺き替えの際、押し竹を縛った跡の斑文からヒントを得て、享保年間(1801―04年)飛白の絣を考案したといわれる。

「朝鵙 夕鵙かすり 織り進む」 村上霽月(本名・半太郎・明治から昭和にかけて経済人、文人として活躍した)。この碑は「鍵谷カナ堂」敷地内建立されている。 かつては、家ごとに機音が絶えなかった。

街道に面した村上霽月邸の白壁の長屋門は、よくその当時の面影を物語っていたが、現在、修復されている。文学史跡として訪ねる人も少なくない。

昼食は「タコ飯」。数十年前に食べた味を思い出したひと時であった。

松前城跡。(加藤嘉明が1595年、6万石を持って松前城に入った。また、松山城築城の時、松前城の石材、櫓、筒井門を解体、これらの資材を活用した。 1615年、「大坂冬の陣」の総大将、後藤又兵衛は、戦死を装って旧友加藤嘉明を頼って松前地区に逃れる。百姓となって、地域の開発に努力したと語り継がれていて、大智院内にその夫婦の墓がある)

義農作兵衛。(1732年の大飢饉のとき、飢えに苦しみながら翌年の播種用の麦種を枕にして餓死、世人は「義農」を称賛、1881年に神社を建てて作兵衛の御霊を祀った。この「義農公園」内には、義農神社のほか、作兵衛の碑、頌徳碑、墓、坐像と、子規、虚子、極堂らの碑もある。このように義農作兵衛の精神は「義農精神」として現在も脈々として受け継がれている)。

ここで、予定のウォークは終わる。

3分の2は、松前駅で分かれる。

まだ「“歩き”が足らない」方々は、「エミフルまさき」でコーヒーなどで小休止した。その後、恵久美から大間へ。重信川に架かる「出合自転車道橋」を渡って市坪へ。松山中央公園から市坪駅で別れる人を見送り、二手に分かれる。雄郡方面を歩く方、はなみずき通りを歩く方に分かれる。最終は、石手川の橋を渡らず、右折して石手川公園駅へ。橋を渡って市駅まで歩く人と、よくもまあ、歩いたものだと、.つくづく思う。

これでまた、明日への健康につながった。

次回は◆6月13日(日) 【滑川渓谷】を訪ねて。

渓谷美を堪能しながら、滑川から落出まで歩く。歩き足らない方は、伊予鉄バス川内営業所へ、そしてまた、延長して横河原の電車の駅まで歩く。

Photo_4

   

 

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コメント

お花さま。
朗報に感謝、厚くお礼申し上げます。
いろいろとご指導下さいませ。
宜しくお願い申し上げます。
有難うございました。

投稿: ネンダイホリ | 2010年5月12日 (水) 08時09分

あらららら・・・
何時の間に

ネンダイホリさん おはようございます
今度お会いしたらモデル料ご請求もうしあがなくちゃ

いつも、ありがとうございます

投稿: お花 | 2010年5月12日 (水) 07時32分

めぐちゃん様。
なんとまぁ~日程が詰んでいますネ。二度とこないチャンスです。最高に楽しむことですネ。
ネンダイホリは、畑の雑草処理に追われています。

投稿: ネンダイホリ | 2010年5月10日 (月) 21時30分

はくさん様。
聞いて、感心して、見て、食べて、鳥の声も聞きながら、贅沢な一日でした。

投稿: ネンダイホリ | 2010年5月10日 (月) 21時22分

皆さん、よく歩かれますね。
わたしはエミフルでさよなら。
さすがに前日のトレッキングが効いてきました。
今週末も土日と歩きが待ってるので自重して市場調査をして電車で帰りました。お疲れ様でした。

投稿: めぐちゃん | 2010年5月10日 (月) 20時26分

「垣生に住みながらこんな史跡があったとは」と小声で話されていた。地元はそんなものですよ。

今回も「幸せな企画」に参加したら、初参加の多さに驚きました。食事時にはすぐ仲良くなり話に花が舞う。
これが「歩こう会」の素晴らしい出会いです。

参加された方や残念にも不参加の人に、今回も史跡の詳細な説明がしるされ、サービスに驚かされます。

次回は滑川渓谷ですが、また下半身を鍛えておかなくては。

投稿: はくさん | 2010年5月10日 (月) 17時12分

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