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2010年6月 4日 (金)

銅山越ハイキング

Jun.04.2010

「『ツガザクラが咲いています』・『別子銅山の産業遺跡』を巡るハイキングに出かけてみませんか」と、松山市登山協会からご案内をいただいた。“歩行ランク”は「初級程度」とある。早速申し込んだ。

5月最終の日曜日、総勢38名が2台のマイクロバスに分乗して市駅を出発。松山道、県道47号線を利用して「日浦」着。同登山口を9時10分出発、銅山越を目指した。そして、行動最終地「東平」に到着したのが15時10分だった。日曜日とあって車の洪水?。

「東洋のマチュピュ」を見学。見上げる園内には、西洋石楠花、紅白の絞りをつけて咲くツツジなどが待っていた。往復440の階段、一気に下り、一気に駆け上がった?。

           ◎下の画像は出発地点の「日浦」にありました。

Dscn4271

①旧別子銅山開発から約300年を経た歴史の道で、当時の模様を偲びながら遺跡の道へ第一歩を記す。

②小足谷「接待舘跡」(要人を接待するため、明治34年に開設された「宿泊」・「宴会」などの施設)を右に見ながら上る。

③足谷川にかかる鉄製の吊り橋を渡る。(吊り橋は沢山あった)

⑤「ダイヤモンド水」。深さ約80㍍から噴出している。水量は1分間に25㍑を超える。これは、工業用ダイヤモンドが付いたドリルで鉱脈を探査中、地中から水が噴き出し、ドリルの先端部分が回収できず、誰ともなく「ダイヤモンド水」と呼ぶようになったらしい。

コケイラン。エビネの親戚らしい。

⑦「別子本舗(本坑)」/別子銅山発祥の記念すべき最初の坑道。 ◎「別子銅山」の繁栄はここから始まった。

向かって左が「歓喜間符」、右が「歓東間符」。(間符、まぶ、「坑道」のこと。但し、すべての「坑道」を言うのではなく、「歓喜間符」・「大和間符」・「大黒間符」のみ)。

Photo「蘭塔場」。元禄7年(1694)4月の大火で132名の犠牲者出る。その方の霊を祀る墓所だったが、大正5年(1916)瑞応寺境内に移されている。

「ツガザクラ」に出会えて感激。県指定の天然記念物。ここの群落は学術的にも文化財としても重要な価値を持ち、「銅山峰が日本の南限地として植物の分布上としても貴重な生態資料といえるそうです。 ◎赤石山系は昭和50年(1975)、県指定の「自然環境保全地域」となり、法のもとに保護されている。

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「大露頭」。「何回も来ているが、ここは知らなかった」という方が沢山いた。「銅鉱石」が地表に露出し、酸化変質して褐色の酸化鉄になったもの。

「銅山越」。標高1294㍍(皿ガ嶺より少し高い)。1702年に銅山の粗鋼を新居浜に運ぶために開削された峠道のピーク。往時は幾多の人々の汗と脂を知る難所だった。この往来で倒れた無縁仏を弔うため地蔵さんが建立されている。「山の辺のみちを歩こう会」の会員の方とも会った。自家用車を利用してのハイキングとのこと。

角石原」にある「銅山峰ヒュッテ」前の広場で、松山市登山協会のN役員から「安全登山」について、「楽しい山歩き」・「三角巾の使い方」・「上下雨合羽を利用しての救助方法」・「熱中症の対応」などについて講習をしていただく。

下の画像は海抜約1.100㍍もある「角石原」付近で日本最初の山岳鉄道が活躍していた。

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「ギンラン」。2~3ヵ所で見られた。

「アカモノ」。別名「銅山いちご」の名で知られている。小指の先ぐらいの赤い実が熟すと焼酎漬などにする。10数年前、「銅山峰ヒュッテ」でいただいたが、味は甘く作っていた。

「インクラインの跡」に往復440の階段を作っている。この階段を下っていくと「東洋のマチュピチュ」が見上げられる。

「東洋のマチュピチュ」。(採鉱された「銅の選鉱場と貯鉱庫」の建物跡)

◎元禄7年(1964)、住友家が大阪奉行所へ届けた別子銅山の使用人は総計5.000人。妻子を含めると14.000人から15.000人と推計している。

◎「別子型鉱床」として広く世界に知られていた別子銅山。閉山時点には、なんと海水面下1.000㍍まで掘り下げていた。掘り出した鉱石の量は、およそ3千万トン。これを製錬して取り出した銅量は約2万6千トンとなっている。昭和48年(1973)、282年に及ぶ輝かしい産銅史の幕を下ろして閉山した。 

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コメント

めぐちゃん様。
夜遅くのご訪問に厚くお礼を申し上げます。
石鎚山、銅山越など、何回行ってもいいところですネ。
それぞれ、お化粧をして待っていてくれます。

投稿: ネンダイホリ | 2010年6月 5日 (土) 08時07分

はじめての銅山越え。
はじめてのツガザクラ、アカモノ、ギンランなどはじめてづくしで感動の連続。
また行きたくなる山ですね。
ウランさんが好きというのもわかるような気がします。
はくさん様が今度行かれる石槌山もまた登りたくなる山です。
帰ったらあー疲れたと思いながらまた行きたくなるのが山行の魅力でしょうか。

投稿: めぐちゃん | 2010年6月 4日 (金) 22時52分

ウラン様。
間違っているところがあればご指摘してくださいネ。
このブログがある限り消さずに管理しますので…。

投稿: ネンダイホリ | 2010年6月 4日 (金) 20時25分

大好きな赤石山系です。とても美しく丁寧な記録のページ、嬉しいです。

投稿: ウラン | 2010年6月 4日 (金) 17時16分

はくさん様。
何度目の石鎚山ですか。
雨季の季節です。足元には「十分過ぎる」ほど気をつけて下さいませ。後から写真を見せてくださいネ。

投稿: ネンダイホリ | 2010年6月 4日 (金) 14時35分


平野だけでは物足りない、山好きなネンダイホリさんは山の散策に出かけられた。
目的地は別子銅山跡地付近。
散策ではなく、急傾斜の階段を220段ものぼる。山のベテランさんたちは、重装備に一歩一歩と確実に登る姿が印象的だ。

小学校の修学旅行が日帰りの別子銅山だった。
新居浜駅から自分の足で歩き、進めども遠く嫌いな山道が長く長く感じられた。坑内は薄暗く見学どころではない、早く坑道から開放されたい気持ちが先立った。
当時の苦い経験が今は懐かしく感じられ、遠い過去を振り返らせてもらった。
懇切丁寧に記録され、目に訴える画像の数々にネンダイホリさんの人間性が偲ばれます。
活動したと錯覚を感じゆっくり、味わいながら一読しました。

「今月石鎚山へ行きませんか」と誘われた。今日は、刺激剤をいただいたので、頑張ります。

投稿: はくさん | 2010年6月 4日 (金) 10時53分

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