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2010年12月11日 (土)

御幸寺山

Dec.11.2010

お立ち寄りの皆様、いかがお過ごしでしょうか。今年もあと3週間となりました。

松山城の北東に「天狗が住んでいた」という伝説のある「御幸寺山」がある。

師走の今、ミズナラなど木々の葉が赤褐色になって山を彩っている。

その昔、子規の時代は片田舎、「天狗が住む」という奥の山だった。

Photo それが今では、屏風のような岸壁に、初心者が赤いヘルメット姿で岩に取りつき、天狗に合うべく登っている。

室町時代は山頂に城郭が築かれていた。

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コメント

めぐちゃん様。
標高164.4㍍。
これを登ることがひと苦労のネンダイホリですが、行ってみますか。
EM菌の竹ちゃんも団栗拾いに…と言っています。

投稿: ネンダイホリ | 2010年12月11日 (土) 22時06分

アスパラのお母さんへ。
加藤嘉明は策士?。

投稿: ネンダイホリ | 2010年12月11日 (土) 22時03分

御幸山へ行かれる時はいっしょに連れて行ってください。

投稿: めぐちゃん | 2010年12月11日 (土) 21時31分

アスパラのお母さんへ
壇君の時代火をあやつる虎族の娘が壇君に恋をしたが対抗する熊族の娘が壇君と結ばれ1子をもうけたが虎族の勢いが強く熊族は追いやられる。
この子を壇の木の根元に置き母は死ぬが虎族の娘が育てこのこが幾多の艱難辛苦に耐え4神、
朱雀・白虎・青龍・(もひとつはなんだっけ忘れた)の助けを得て朝鮮半島を統一。
これが高句麗の祖となり900年の長きにわたり支配するが唐に滅ぼされその子孫はやがて渤海国を興し400年?続き明に滅ぼされる。また高句麗の地は兄弟国である百済と狗那の子孫である新羅と高句麗の末裔の高麗とに分かれ三国の時代が長く続き、やがて高麗の家臣李氏が王位を簒奪、朝鮮王朝を開き日本に侵略されるまで続くのであります。ゆえに白頭山は特別の山なのです。

投稿: めぐちゃん | 2010年12月11日 (土) 21時28分

御幸寺山
加藤嘉明が松山に築城する際、勝山、天山、と御幸寺山も候補地として申請。御幸寺山に城を構えるつもりは毛頭なかったが、幕府の裏をかくために候補に含めただけです。歴史の授業を思い出すわ。

投稿: アスパラの母 | 2010年12月11日 (土) 21時11分

EM菌の竹ちゃん様。
一草庵右の登り道がよろしいかと思います。

投稿: ネンダイホリ | 2010年12月11日 (土) 20時14分

はくさん様。
クライミングでの全装備は主催者が有料でしています。
「生きがいづくり」にボツボツやっています。
よろしくお願いいたします。

投稿: ネンダイホリ | 2010年12月11日 (土) 20時13分

ネンダイホリ 様

御幸寺山は2,3年前に会でウォーク&登山したのを記憶しています。東の登山口より登り急勾配

で心臓がバクバクしたですネ。山頂には大きな岩があって、天狗、いろいろあったのを記憶していま

す。西の登山口へ降り雑木林の中、落ち葉の一杯有る道を降り切ると御幸寺の所へ出ました。

確かどんぐりが沢山有った様に思います。次回はどんぐりを拾いに行って発芽させて苗木を作ろうと

思っています。誰か、竹炭窯終了後に声を掛けますので一緒にどんぐり拾いに行きませんか?

有り難う御座いました。

投稿: EM菌の竹ちゃん | 2010年12月11日 (土) 19時02分

ネンダイホリさん

「御幸寺山はここから登るんですよ」と、御幸寺から東の横道を山側に向き、右手の指のサインでした。

平野から望む御幸寺山は知識がありましたが、登山道は知らず、当然登った事はありません。
標高は松山城の方が高く映りますが、逆に30㍍ほど低いですね。
この山頂付近でロッククライミングとは、設備が整っているんでしょうか、元気な若者が挑戦している。
山の姿に紅葉はこれからよと、声をかけてくれそうな予感がしますが、ひょっとすると天狗かも知れません。

「きょうはお疲れ様でした」の言葉は、ネンダイホリさんには不要かもしれませんが、まだ、負けんぞの勢いに圧倒されます。

投稿: はくさん | 2010年12月11日 (土) 17時19分

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