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2012年5月

2012年5月13日 (日)

来島、小島に歴史を訪ねる

昨日は晴天に恵まれた。

Yさんグループ皆さんの温かいご理解でご一緒できた。

大きな幸せを感じながら薫風に押されて「来島」・「小島」に歴史を訪ねる。

昼食時、ブランディーのコルク栓が開くと同時に、その特有の香りが一面に広がり、高級バーにいる感じ。

ある方が弁当を開けて「アラッ箸が無い」。その言葉にすぐ助け舟が出る「ハイどうぞ」と…。このグループの和気藹々さが分った。

歴史遺産が沢山残るこれらの島で先人たちの御苦労を偲ぶ。

1899年(明治32年)小島砲台の基礎工事着手。

1902年(明治35年)砲台完工

1903年(明治36年)秋山真之は連合艦隊・三笠の参謀。秋山好古は騎兵第1旅団長となる。

1904年(明治37年)日露戦争始まる。この年11月18日小島砲台28㌢榴弾砲6門、送り出し命令

1922年(大正11年)閣議で砲台廃止決定

1970年(昭和45年)小島の道路整備や砲台跡の補修など小島を「来島海峡」の楽園、市民の憩いの場とする整備計画発表。

2000年(平成12年)「小島砲台顕彰事業」として、顕彰碑の建立。火力発電の屋根修復

2003年(平成15年)文化庁近代遺跡(軍事に関する遺跡)地域別詳細調査対象物件選定

2004年(平成16年)小島砲台跡、詳細調査の対象物件に入る。

2005年(平成17年)文化庁による「軍事に関する近代遺跡」の詳細調査の委嘱を受けた東大大学院鈴木教授により行われた。

2009年(平成21年)11月、しまなみ海道10周年記念イベントの一つとして小島砲台顕彰事業シンポジュウム開催。

現在に至る。

「来島」の周囲を850㍍に訂正。(8キロになっている)

 

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2012年5月 5日 (土)

端午の節句

知人のお宅を訪問。

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「ひ孫」さんの“端午の節句”を祝って、見事な飾り。

ひ孫さんは、飾りのトラに乗って遊ぶらしい。

5月の端(はじめ)の午(うま)の日に行われてきたので「端午」と言っているが、後に5月5日に定まってもこう呼ばれている。

武者人形も〝強さ〟が強調されている。

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2012年5月 3日 (木)

三継ぎ獅子

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最初にお断りします。

 取捨選択もせず、無味乾燥、荒唐無稽で、「枯れ木も山の賑わい」的な作品となり、誠に申し訳ありません。平身低頭して謝ります。

ご用とお急ぎでない方は、一服なさっておいでなさいませ。

「千服吸っても立ち煙草、隣が火事でも、まずは一服」と申します。

わけても近頃のように、「生き馬の目を抜く」淋しい世の中。時には目抜きならぬ息抜きをして、『.命の洗濯』をなさらなくては、お体に毒でございます。

西洋にも、「日曜日に『一杯機嫌』にならない奴とは、月曜日に握手するな」と、休むべき時に休めないようなケチなやからは、「ともに謀るに足らず」と、さげすんだ諺もございます。

いや、これはどうも。「長口上は欠伸の種」。

早速ながら、お目にかけますのは、「三継ぎ獅子舞」。うまく揃いましたら、お慰み。

晴天に恵まれた厳島神社の春祭りに、親せきから招かれて観賞に出かけた。

伊勢神宮の流れをくみ、300年の伝統がある愛媛県指定無形民俗文化財。高部獅子舞保存会による『三継ぎ獅子舞』。

全国獅子舞大会や、NHK紅白歌合戦に出演した先輩に負けまいと、40日間余り境内で汗を流し練習した。

その甲斐あってか、大太鼓、小太鼓の軽やかなリズムと合体、大人の肩の上で2人、3人と継ぎ獅子を披露。見物客からその度、割れんばかりの大拍手をもらっていた。

また、演技をする度毎に、大人の肩と、お子さんの足の接点に日本酒をかけて清めるとともに、安全を祈願。

獅子児は、最上段で鈴を手に、扇子を足にして大胆なポーズを決めると、観客からウォーという歓声が湧く。

変装して大きな草履を履いた人情味のある狩人は、見学しているお子さんに沢山のお菓子を振る舞っていた。

 

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